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林業技術 No.698 ■

2冊の本を手に旅に出たくなる。

 図らずも親しくしていただいているお二人の木材学者が、ほとんど同時に海青社から木に関する本を出版された。佐道 健さんの『雅びの木…古典に探る』は、魏志倭人伝に始まり、ほぼ鎌倉時代までの伝承、物語、日記、随筆、和歌などの中から、木に関する記述や木が関連している箇所を抜き出して、その木の扱われ方や木に対する人々の思いの丈を馳せ、蘊蓄を傾けている。私は日ごろ古典とは縁遠いが、本書の古典は現代語に訳されているものがほとんどで、古文の素養がなくても楽しく読める。もちろん和歌など原文もあるが、現代漢字に直されていて理解しやすい。木材学者だから木の解説も忘れていない。思いの丈といっても主観的な表現が少ないのは自然科学者だからであろうか。それでも、杉の名前の由来が直ぐ木とするのは江戸時代の学者の思考の産物にすぎないと談じている。読者は自分ならこう思うと、著者と対比しながら読むこともできる。しばし雅の世界に身を置いて浮き世を忘れることができる。
 中野達夫さんの『国宝建築探訪』は字義どおり国宝に指定されている建造物の写真集である。学会の研究会などで見学会があると、いつも大きなカメラをぶら下げていたが、だてではなかった。法隆寺や東大寺をはじめとする木造建造物の風化した、あるいは虫や菌に侵された木の表情に、優しさ、良さ、すごさを感じてシャッターを切ったのだそうである。そこまではだれでもできそうなことだが、平泉の中尊寺から長崎の大浦天主堂まで125カ所、209の国宝建造物を撮ろうと決心して実行したのだから並ではない。写真はモノクロで、国宝にふさわしい。目次のあとの“木材利用について考える”に、写真家ではない木材の専門家の思いが述べられている。それは再建前の東大寺金堂と出雲大社に代表される代建築物で、かつて日本の山に生えていた径1.5m、樹齢1000年を超える大木による建築技術である。その技術は大木を伐り尽くして途絶えたかに見えるが、石油文明が石油の枯渇で終焉するのとは違って、木が生育して大木になればやがて再び復活する。1000年単位のタイムスケールが必要だと説いている。2冊の本を手に旅に出たくなる。

詳しくは 国宝建築探訪のページへ